まさに擬似恋愛!それがデリヘルブログ:23-2-28
子どもたちが、
茶わんの中に、ライスつぶを残していた。
お茶を注いで、こそげ落として食べてしまうように告げても、
「これくらい」のつもりで平気にしている。
俺も強要はしないけれど、気になる…
俺の祖母は、
「米粒には七人の神様がおいでなさる」と言っていた。
子ども心に聞くとはなしに心に残っている。
それは、俺が幼い手で、農作業を手伝っていたからだと思う。
稲作は、牛馬の力を借り、
ご近所同士の助け合いの基で成り立っていた。
幼い俺たちは、
お祭り気分でその周りを走りまわっていた。
子どもたちも大人たちと同じように汗をかき、談笑の中にすわり、
その中で社会の成り立ちを理解してきた。
風がわたるように、時間もゆるやかに流れていたように思う。
だから、
両親の小言も祖父母の教えも
道理として、このからだのすみずみに治まっている。
まるで、つけものの重しのようだった。
心のひだに、たたみこまれた道理を
今の子どもにふりかざしてみても、
経験していないことは、「食」とは結びつかない。
「飢え」を知らない世代が日本人の大半を占めている。
俺も知らない。
ひもじい思いをしていないので、
「命をいただいて命をつなげている」事実を、
どこかに置き忘れていないだろうか。
俺は
「初物を食べたら東むいて笑え。75日長生きする」
ということわざを耳にしていた。
幼い俺は、
たった75日生きのびてもさしたる変化はないと考えていたが、
この歳になって…
「感謝の気持ちを込めて笑って食べよう」という
本当の意味を理解できた。
え?もう時間だ。やべ、仕事行ってきます〜